2008年6月アーカイブ
CGMコンテンツをCtoCと定義づけると、かなり昔からユーザーによるユーザーのためのメディアというのが存在したと論ずることができる。
「日本のウェブログの歴史」というサイトによると、2ちゃんねる掲示板(以下、2ch)の普及の前にネット掲示板がいくつか存在していたとのこと。
その草創期は1980年代の個人に起源をもっており、その後、90年代に入って「あやしいわーるど」、「あめぞう掲示板」というサービスを経て、1999年の2chに結びついているという。
なお、個人のネット日記というものも、1995年に登場する「日記リンクス」という日記のリンク集サイトが取りまとめ、ネットでの日記人気というものが醸造されたそうだ。(詳しくは、「日本のウェブログの歴史」参照)
2000年になると「ブログ」というキーワードがメディアで初めて取り上げられ、2003年には日本初のレンタルブログサービス「ココログ」がniftyによって開始された。
このころ、海外ではすでにSNSが登場しており、日本のネットサービスの遅れを実感せざるを得ない。
2004年、将来爆発的な人気を誇る2サイトが登場する。GREEとmixiだ。
今となっては有名な話だが、GREE創設の田中社長はもともと楽天の社員で個人的に作ったサービスだったという。1万人超えたあたりから負荷が高くなって続けるかどうかを考えたそうだ。その時、GREEにいたユーザー達が管理人田中氏に対し、続けてほしい!と要望を寄せたため独立を決意したという。
また、mixiはGREEより遅れること8か月。(GREEが2月でmixiは10月にOPENしている)
しかしこの後のmixiは早かった。キャッチーなネーミングとサイトのデザインはSNSのデファクトスタンダードとなった。2005年には100万ユーザーを突破。
当初、ネット界のアーリーアダプター達が参加しており、また、アーティストなどが普通に存在していた。なにより使いやすかった。あしあと機能などは秀逸で、それまでのネットにはない新鮮な感覚を味わった。
私の印象ではGREEはどちらかというと硬派で「知る人ぞ知る」というイメージでした。mixiはミーハーで、招待制を強く打ち出し、「まだmixiやってないの?しょーがないから招待してあげるよ」という上から目線攻撃を何度もくらったのを覚えている。
なお、この2005年にyoutubeはサービスを開始している。
2006年になるとyoutubeをベースにした初代「ニコニコ動画」がサービス開始される。当時、ネットで動画を見たり、ブログで共有したりという、一通りの楽しみ方を味わった私は、正直、「次の展開」を待望していたが、動画配信がスタンダードになって終わりかなと思っていた。
しかし「ニコニコ動画」の考え方はサービスとしても企画としても、ビジネスモデルとしても、システムの考え方からしても秀逸なもので、唯一無二のアイデアだった。西村ひろゆき氏はこれで日本のネット史に2回も名前を刻み込んだわけだ。
本当に革新的で、みんなハマった。おかげでyoutubeのランキングはニコニコに引っ張られた日本の動画で占有され、世界は日本人のニコニコ狂いを目の当たりにしたのである。
そんなある日、ニコニコ動画が落ちていた。当日は何が起きているのかまったくわからなかったが、あとでDDoS攻撃を受けているというニュースが出た。それくらい世界に影響を及ぼしてしまったのだ。外から攻撃される企画なんて聞いたことがない。企画屋として脱帽だ。
我々日本人が動画にコメントを書き込むという遊びに熱狂した結果である。そこまで人の心を動かしたサービスだった。著作権の問題等、動画共有の持つ特有の問題はたなざらしだったが、それでもCGMサービスが世界を変えた瞬間だと思った。
そんな2006年、世界ではtwitterが爆発的にヒットしていた。
ブログやSNSで比較的「濃い」つながりを、ある意味「強制」され、「赤文字恐怖症」とかmixi依存者が増加していった日本から考えると、かなり「あっさり」しているサービスだったが、海外の進展の早さを考えれば当然だろう。
これも日本の先駆的なwebサービス屋たちがこぞってマネようとして、実際にまねた。しかし、これは日本人の気質に合わなかったようで、デファクトスタンダードといわれるくらい普及したサービスは一つもない。
そうこうしているとモバイルではモバゲーTOWNがサービスを開始。10ヶ月で200万人の会員を獲得するなど、この2006年のモバイル業界を席巻した。
ポイントは既存のSNSで規制されていた18歳未満をメインターゲットにしたこと、モバイルでサービスを完結させたこと、自社のアフィリエイトネットワークで会員を爆発的にローコストで増やせたこと、すでにいくつかの成功したモバイルメディアを持っていたこと、等があげられる。
時期も良かった。競合はいたものの、わかりやすいコンセプトを打ち出せずにいたのだ。GPSやデコメ、きせかえツールやコミックといったわかりやすいコンテンツが続々と登場していったが、結果的に買ったのは無料Flashゲームとアバターだったとは誰もが意外だったが、うなずける戦略に脱帽した。
2007年になるとだいぶCGM系のニュースも勢いを落とし、mixiが1000万人突破とかモバゲーが数百万人突破というニュースが何か月かおきに出たりして、すでに草創期の競争は終わっていた。
そして今年、2008年にモバゲーTownも1000万人を突破。
CGM系コンテンツは成長期を終え、成熟期にさしかかろうとしている。
参考にしたサイト:「日本のウェブログの歴史」、「Social Networking.jp」
